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岡山地方裁判所 昭和35年(行)5号 判決

第五号事件原告・第四三三号事件被告 延原熊男

第五号事件被告 国

第五号事件被告・第四三三号事件原告 延原芳太郎

主文

一、昭和三五年(行)第五号事件原告の請求はいづれもこれを棄却する。

二、昭和三五年(ワ)第四三三号事件原告の請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用中昭和三五年(行)第五号事件につき生じた分は同事件原告の、同年(ワ)第四三三号事件につき生じた分は同事件原告の各負担とする。

事実

昭和三五年(行)第五号事件原告(昭和三五年(ワ)第四三三号事件被告、以下単に原告という)訴訟代理人は、昭和三五年(行)第五号事件につき「一、原告と被告国との関係において別紙目録記載の土地につき昭和二二年一二月二日同被告が自作農創設特別措置法第三条に基き訴外鷲田悟から買収した処分及び同法第一六条に基き被告延原芳太郎に売渡した処分はいづれも無効であることを確認する。二、原告と被告延原芳太郎との関係において右各処分が無効であることを確認する。三、被告延原芳太郎は右土地につき昭和二四年一一月二五日岡山地方法務局勝田出張所受付一、五二八号を以てなされた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を、同年(ワ)第四三三号事件につき、主文第二項と同旨並びに「訴訟費用は被告の負担とする。」との判決をもとめ、右(行)第五号事件の請求の原因並びに右(ワ)第四三三号事件の請求原因事実に対する答弁として

「一、別紙目録記載の土地は訴外鷲田悟の所有であつた。即ち、同人は昭和一八年三月一七日家督相続により前戸主亡鷲田完作から所有権を取得した。

二、原告の先代亡延原弥十郎は昭和の初頃右完作から右土地を賃借し、同地上に納屋を建築所有していたが、原告は昭和一四年六月一五日家督相続により右建物の所有権と共に右賃借権を取得しひきつづきこれを占有している。

三、被告国は昭和二二年一二月二日自作農創設特別措置法第三条第一項第一号により右土地を右鷲田悟から買収し、同日付で被告延原芳太郎(昭和三五年(ワ)第四三三号事件原告、以下単に被告芳太郎という)に売渡し、同被告は昭和二四年一一月二五日岡山地方法務局勝田出張所受付第一、五二八号を以てその登記を了した。

四、しかし、右買収及び売渡の各処分は次の理由により無効である。

(1)  右土地は農地でなく宅地であつた。

(2)  右土地の賃借人は被告芳太郎ではなく原告であつた。

五、ところが右鷲田悟は被告等に対し右各行政処分の無効確認、所有権確認等の訴を提起せず、原告は被告芳太郎から前記建物を収去して前記土地を明渡すことをもとめられているので、前記賃借権を保全するため、右鷲田に代位して本訴を提起する。」とのべた。 (証拠省略)

被告芳太郎は、昭和三五年(行)第五号事件につき主文第一項と同旨並びに「訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、同年(ワ)第四三三号事件につき「原告は被告芳太郎に対し別紙目録記載の土地を右地上に存する木造皮ぶき平家建納屋一棟建坪約一〇坪を収去して明渡せ。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決をもとめ、右(行)第五号事件の請求原因事実に対する答弁並びに右(ワ)第四三三号事件の請求の原因として

「一、原告主張の請求原因一記載の事実は認める。

二、右二、記載の事実のうち原告の先代がその主張の納屋を建築所有し、原告が家督相続によりこれが所有権を取得したことは認めるが、原告の先代が本件土地を賃借したことは否認する。右納屋は原告の先代が亡鷲田完作に無断で建築したもので完作はその取除きを請求していたものである。

三、右三、記載の事実は認める(但し、法第三条の第何項によるかは知らない)。

四、右四、記載の事実は否認する。本件土地は農地であつたし、現在も農地である。不法占有者が所有者に無断で建物を建てても宅地となるものではない。

五、右五、記載の事実は認めるが、原告が鷲田悟に代位して本訴を提起し得るとする点は争う。

六、以上によれば、原告の請求は理由がなく、かえつて原告は右納屋を所有して被告所有の本件土地を占有しているから、これを収去して本件土地を明渡すことをもとめる。」 とのべた。

(証拠省略)

被告国指定代理人は、昭和三五年(行)第五号事件につき主文第一項と同旨並びに「訴訟費用は原告の負担とする。」との判決をもとめ、同事件の請求原因事実に対し

「一、請求原因事実に対する事実上の答弁は、仮りに本件納屋敷地部分が宅地であるとしてもそれは本件土地の一部約一〇坪でありその余の部分は農地であると附加するほかは、被告芳太郎の右一乃至五と同様である。

二、原告は鷲田悟に代位して本訴を提起することができないと考える。その法律上の見解は次の通りである。

(一) 債権者代位権の沿革とその作用が債務者の責任財産の保全乃至強制執行の準備にあることに鑑みると、その客体は私法上の権利に限られ、行政処分に対する不服申立権というような公法上の権利はこれが客体にならないものというべきである。

(二) また、行政処分については、所謂民衆訴訟が認められる場合のほかは、右により権利乃至法律上の利益を侵害された者のみが、原告としてその取消乃至無効確認を訴求し得るに止まるのであるから、行政処分に対する不服申立権は訴訟において原告適格を有する者の一身に専属する権利というべきである。従つてこれが代位行使は許されない。

(三) 右(一)(二)が理由がないとしても、本件においては原告が代位権を行使し得べき要件を欠いている。

(1) 買収処分によつて賃借権は一旦消滅するけれども、買収の効果発生時に従前の賃借権者のために従前と同一条件をもつて賃借権が設定されたものと看做され(自作農創設特別措置法第一二条第一、二項)、実質上賃借権そのものは買収処分の効力の有無に影響されない。従つて、本件において本件買収処分の無効を確認することは、原告の賃借権の保全のために適切でも必要でもない。

(2) また本件売渡処分によつて本件土地の被買収者鷲田悟は何等権利乃至法律上の利益を害されていないから、右に対する不服申立権を有しないものというべきである。従つて右処分については代位の客体たる権利を欠いている。

(四) 以上の通りであるから、仮りに原告主張の賃借権があつたとしても原告は代位により本訴を提起し得る立場にはない。」

とのべた。

(証拠省略)

理由

第一、昭和三五年(行)第五号事件について。

一、原告は同人が訴外鷲田悟に対して有するその主張の賃借権を保全するため同訴外人に代位して本訴を提起し請求の趣旨記載の如き裁判をもとめるというのである。一般に債権者が債務者に代位して行政処分の無効確認の訴(乃至はこれが取消、変更をもとめる訴)を提起できるかどうかについての議論はさておき、仮りにこれを積極に解するとしても本件においては原告の請求は認め難いものと考える。その理由は次の通りである。

二、債権者が所謂債権者代位権により債務者の権利を行使し得るのは、債権者の債権の保全のため必要である場合に必要な範囲に限つてであることは、債権者代位権が本来その自由に委ねらるべき債務者の権利関係に干渉し得ることを認める制度である以上当然のことである。

(一)  ところでまず被告国に対する本件買収及び売渡の各処分の無効確認をもとめる部分であるが、原告が同被告に対する関係においてその主張の賃借権を保全しようとするものでないことはその主張から明らかであるし、また右各処分の無効確認の判決の効力が直ちに被告芳太郎に及ぶと解すべき根拠はないから、右各処分の無効確認だけでは原告の主張する賃借権を保全することにはならない。

(二)  原告は請求の趣旨第二項において被告芳太郎との関係においてもまた右各処分の無効確認をもとめるというのであるが、行政処分の無効確認訴訟につき被告たる適格を有するのは国に限られるというべきであるから、右訴旨は同被告との関係において本件土地が右鷲田悟の所有であることの確認をもとめるものと解すべきである。債権者代位権により確認の訴を提起し得るかどうかについては議論の存するところであるが、確認の判決により債務者の責任財産の状態を良好ならしめ得る場合(大審院判決大正一五年三月一八日、民集五巻四号一八五頁参照)の如きを除いては一般には許されないものと解するを相当とする。ところで本件において原告が保全しようとするのは債務者の資力とは関係のない特定債権たる賃借権であるから、原告は代位によりかかる確認の訴を提起し得ないものと云わねばならない。

(三)  最後に抹消登記手続をもとめる部分であるが、右が認められたからといつてそれだけで直ちに原告の賃借権が保全されるものでないことは自明のことであるし、しかも原告主張の如き事実関係の下において抹消登記手続まで認めることは原告の権利の保全のため必要な範囲を超えるともいえるのであつて、いづれにしても右請求もまた許さるべきものではない。

三、右の通りであるから、原告の請求は更に立入つて事実上の判断をするまでもなくすべて理由がない。要するに原告は被告芳太郎からの建物収去、土地明渡の請求に対して、本件土地の買収処分ひいてはこれが売渡処分の無効を主張し得て、これを拒否し得れば足るのであり、右を主張することについては何ら障害はないのである。

第二、昭和三五年(ワ)第四三三号事件について。

一、原告が現に被告芳太郎主張の納屋を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争がない。

二、そこで本件土地が同被告の所有であるかどうか、即ちその前提としての本件土地の買収及び売渡の各処分が有効であるかどうかについて判断する。

当事者間に争のない原告先代亡延原弥十郎が右納屋を建築した事実に、証人皆木大太郎、同皆木年子、同延原新太郎、同鷲田茂登代、同延原竹夫の各証言に原告の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨(但し、証人茂登代、同竹夫の各証言のうち後に措信しない部分を除く)を合せ考えると、右納屋は昭和初年に住家兼納屋として建てられたものであること、右納屋は本件土地にほゞ一ぱいに建てられていること及び右土地は右原告先代において亡鷲田完作から賃借したものであること(証人大太郎、同新太郎、同年子の各証言及び原告の本人尋問の結果のうちには、原告の母み弥において賃借した旨の供述があるが、右は成立に争のない甲第三号証によつて認められる原告先代が入夫の関係にあつたことのためかく述べているものと解する)を認めることができ、前示証人茂登代、同竹夫の各証言及び被告芳太郎の本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信せず、また証人延原義憲の証言は右認定を左右するに足らず、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、本件土地を被告国が訴外鷲田悟から自作農創設特別措置法第三条に基き買収した昭和二二年一二月二日(この点当事者間に争いがない。)当時においては同法にいう農地ではなく、かえつて宅地と目すべきものであり、しかもこのことは一見して明瞭であつたといわねばならない。従つて右買収処分は右の如き重大且つ明白な瑕疵があるから無効であり、ひいて右土地を被告芳太郎に売渡す処分もまた無効であるというべきである。

してみれば被告芳太郎は本件土地の所有権を取得するに由なく、これあることを前提とする本訴請求は理由がない。

第三、結論

以上認定の通り原告及び被告芳太郎の各請求はいづれも理由がないから夫々棄却すべく、なお訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用のうえ主文の通り判決する。

(裁判官 辻川利正 川上泉 矢代利則)

(別紙目録省略)

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